(2023.10.11更新)
市民社会スペースNGOアクションネットワーク(NANCiS)
世話人 堀内 葵
はじめに
今年5月に広島で開催されたG7サミット首脳会合では、核兵器保有国を含む7カ国とEUの代表が平和記念公園を訪れ、短時間であったものの平和記念資料館を視察し、被爆者の小倉桂子さんとも面会した。岸田総理の記者会見では、「核兵器のない世界」に向けて取り組んでいく決意や平和の誓いが共有された、とのことである。
しかし、急遽来日したウクライナのゼレンスキー大統領の参加もあり、平和への取り組みや停戦合意に向けた道筋よりも、ウクライナに対する財政的・人道的・軍事的及び外交的支援が確認され、「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」の強化が話し合われたサミットであった。
一方、岸田総理が成果として強調する「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」には、被爆者や核兵器禁止条約に関する言及がなく、現状の核抑止力を肯定するものであり、核兵器廃絶を求めてきた被爆者や広島の市民社会団体をはじめとする多くの人々から落胆の声が聞かれた。
サミットに向けた市民社会の活動として、近年、世界中の市民社会組織で構成されるG7の公式エンゲージメント・グループの一つであるC7(Civil7)による政策提言が注目されている。もともと、G20サミットの議論に幅広い社会の関係者の意見を反映させるために設けれた「エンゲージメント・グループ」という仕組みが、2021年のイギリスG7サミットからG7でも採用され、2022年のドイツ、2023年の日本でも世界中の市民社会が取り組みを進めてきた。
日本国内では2022年5月に「G7市民社会コアリション2023」が設立され、日本C7の事務局を担当した。C7はG7に対する政策提言を作成するとともに、G7との対話プラットフォームや市民社会のネットワーキング機会を提供する役割を担っている。グローバルサウス56ヶ国を含む世界75ヶ国から700名以上が参加し、世界各国から集まった18名の運営委員と6つの分野別ワーキンググループが政策提言書(C7コミュニケ)を作成した。C7コミュニケは2023年4月に開催した「C7サミット」に先立ち、首相官邸にてC7代表団より岸田総理に手渡された。
C7の分野別ワーキンググループには、「気候・環境正義」、「公平な経済への移行」、「国際保健」、「人道支援と紛争」という開発・人道課題に加え、言論・集会・結社の自由やプライバシーの保護、透明性と説明責任、ジェンダー平等やLGBTQIA+の人々の権利保護など、市民社会スペースに関する提言を行う「しなやかで開かれた社会(Open and Resilient Societies)」も含まれる。NANCiSは「しなやかで開かれた社会」ワーキンググループと協力し、日本語で政策提言書にインプットするコーディネート業務を担当した。
また、首脳会合の開催地が広島であることと、ロシアによるウクライナへの核兵器使用の威嚇を背景として、核兵器廃絶に関する提言をC7として実施したい、という強い希望が広島の市民社会関係者を中心に寄せられたため、C7の新たなワーキンググループとして「核兵器廃絶(Nuclear Disarmament)」が設置された。
C7サミットでは17の分科会のうち、市民社会スペースに関する内容は二つの分科会で取り上げられ、また、C7サミットの直後に広島で開催された「みんなの市民サミット2023」において、「『ラリー』と『ロビイング』のあいだで 〜市民社会とG7の関わりを問い直す〜」と題した分科会をあどぼの学校運営委員会とNANCiSが共催した。
5月の首脳会合開催時期には、広島市内に設置された「NGOスペース」にて、4日間で27の記者会見、13のイベント、11のアクションが開催され、G7に対する提言や首脳宣言の評価などを行なった。また、エンゲージメントグループとして、世界中のメディアの取材拠点である国際メディアセンター(IMC)へのアクセスパスを合計68枚取得(うち、C7としては38枚)し、メディアに対する記者会見の案内やブリーフィングを行った。
首脳会合最終日の5月21日にはNGOスペースにてC7による緊急記者会見時が開催され、前日の夕方に発表された首脳宣言について、各ワーキンググループからの評価を行なった。「しなやかで開かれた社会」ワーキンググループのコーディネーターを務める小池宏隆氏(グリーンピース・ジャパン)は、「世界的に問題視されている『縮小する市民社会スペース』に対して、G7が何も政治的意思を示しておらず、民主主義に関する議論ではほとんどが他国との情報戦の話であった」と総括した。
ここまで、主にC7としてのG7サミットに対する働きかけを記してきた。官邸訪問やC7サミットの開催など、一定の成果もあった一方で、市民社会スペースを巡る課題も発生した。以下ではそれらの課題について述べていく。
(1)成果文書(G7首脳コミュニケほか)について
広島G7サミットの主要議題は開催の1ヶ月半前となる3月末までほとんど発表されない状態であった。公式ウェブサイトでは「準備中」の文言が掲げられ、岸田総理によるビデオメッセージやサミット関連行事の案内に終始していた。国際保健課題については、1月に岸田総理が英国の医学雑誌「The Lancet」に寄稿し、グローバルヘルス・アーキテクチャーの強化やポスト・コロナの新しい時代に向けたUHCの推進、デジタル領域を含むヘルス・イノベーションの促進などに焦点を当てることが発表されたが、それ以外の気候変動や世界経済、人道支援、ジェンダー平等、軍縮などの重要な課題についてはG7広島サミットの公式ウェブサイトでも発表されなかった。昨年の議長国を務めたドイツ政府は1月に主要議題を発表しており、エンゲージメント・グループはこれに基づく提言を準備することができたことに比べると、幅広い議論への参画状況は後退してしまった、と言わざるを得ない。
一方、G7サミットに議題を調整するシェルパと呼ばれる官僚とエンゲージメント・グループとの対話は、3月末にオンラインで1時間にわたって開催された。また、それに先立つ2月にはG7開発担当高官(SDO)会合が開催され、C7とW7(Women 7)の代表者が参加し、開発・人道・ジェンダー平等の諸課題について提言を行なった。3月になって発表された開発担当交換会合の議長総括では、「途上国との連帯の重要性を強調し、法の支配に基づく国際秩序の維持の重要性を再確認するとともに、広島サミットに向け、開発金融、グローバル・インフラ投資パートナーシップ、食料安全保障、栄養、人道支援、気候変動、保健、防災、教育等の分野の開発協力に関する優先課題に関する進展を加速化させる」ことが盛り込まれている。どちらの会合においても、G7全体の議題が不明確な中で発言せざるを得ず、踏み込んだ提言をエンゲージメント・グループから行うことが困難であった。
首脳会合の成果文書として発表されたG7首脳宣言では、C7による政策提言はほとんど取り入れられなかった。エンゲージメント・グループについては、「G7のエンゲージメント・グループとの交流及び同グループからのインプットに感謝する」とだけ言及されており、個別のエンゲージメントグループの名称にも言及した昨年のコミュニケと比べると後退している、との印象を与えかねない。また、G7広島サミット公式サイトや外務省サイトにおいても、エンゲージメント・グループの説明がなく、議長国政府としてエンゲージメント・グループの存在や対話を尊重しているとは言い難い状態であった。
また、LGBTQ+の人権保護と議論促進を目指して新たに発足した「P7(Pride 7)」についても、C7は公式エンゲージメント・グループとして認知するようG7側に求めていたが、首脳宣言などで言及されることはなかった。
(2)エンゲージメント・グループに対する不平等な扱い
各エンゲージメント・グループは首脳会合に先立ち、独自のサミットを開催している。C7は4月13・14日に東京でC7サミットをハイブリッド形式で開催した。当初、C7サミットに岸田総理を招聘し、C7コミュニケを直接手渡したいと考えていたが、総理の日程の都合で参加が叶わなくなり、その代替案としてC7代表団による首相官邸訪問が実現した。しかし、B7(Business 7)サミットでは首相が直接参加の上でメッセージを発表し、Y7(Youth 7)サミットでは首相のビデオメッセージが上映され、さらにY7代表団による官邸訪問も実現した。L7(Labour 7)、S7(Science 7)、T7(Think 7)、W7は、C7と同様に首相は欠席したが、それぞれ官邸訪問は実現している。総理の日程の都合とはいえ、エンゲージメント・グループ間での不平等な取り扱いは本来望ましいことではない。昨年の議長であるドイツ・ショルツ首相は、すべてのエンゲージメント・グループのサミットに参加し、スピーチと対話を行なっていた。岸田総理はショルツ首相による対話を重視する姿勢から多くを見習うべきであった。
(3)国際メディアセンターでのエンゲージメント・グループの扱い
国際メディアセンターは、世界中からサミットの取材を行うメディアが取材拠点とする場所であり、首脳会合や関連行事、開催地の住民や警備状況などについて様々な角度から取材が行われる。当然、市民社会の意見を求めるメディアも海外を中心に存在しており、首脳宣言に対するコメントや評価など、過去のサミットにおいても市民社会の視点がたびたび取り上げられている。そのため、エンゲージメント・グループとして国際メディアセンターへのアクセスパスを外務省を通じて申請しており、また、記者会見場の設置も要求していたが、「国際メディアセンターはメディアによる使用を想定している」との理由からエンゲージメント・グループへのアクセスパス発行数に上限が設けられ、記者会見場については「スペースがない」との理由から設置されることはなかった。そのため、近隣の公共施設にて、外務省国際協力局民間援助連携室の協力のもと、記者会見やパフォーマンス、展示、映画上映などを行う「NGOスペース」が設置されることとなった。アクセスパス保持者は、国際メディアセンター内にいる記者に対して、エンゲージメント・グループによる記者会見やパフォーマンスの案内を行い、徒歩3分程度の距離を移動して取材するよう促す必要があった。
一方、アクセスパス申請希望者が予め定められた上限を超えてしまったため、G7市民社会コアリション2023事務局として団体の偏りや実際の参加可能性などを考慮し、申請数を絞る作業を余儀なくされた。しかし、本来であれば国際メディアセンターにおいて市民社会の関心事項を発信することを希望する市民社会関係者はもれなく全員がアクセスを認められるべきである。まして、市民社会に対して、優先順位をつける作業負担を押し付けるべきではない。
国際メディアセンターにおいて、市民社会スペースに関わる重大な「事件」が発生した。当初、記者会見を案内するポスターやチラシの配布など、エンゲージメント・グループによる情報発信は、「事前に外務省担当者による確認を経た後で、定められた掲示板とチラシ設置用の机に外務省職員が配布すること」とされた。しかし、多くの市民社会組織が記者会見を実施し、メディア向けのパフォーマンスなどの企画・実施する中で、時間的制約もあり、個別のチラシの内容確認を経た上での設置は現実的ではなく、また、検閲にあたることも危惧された。最終的には、「配布・設置するポスターやチラシは、G7市民社会コアリション2023のウェブサイトに記載している企画内容と同等のものが想定されるため、 サイト記載のチラシを確認いただくこと」が外務省と合意された。しかし、5月19日午後になって、「事前に外務省側が把握していないチラシが設置されていた」との理由により、掲示板とチラシ設置用の机が撤去される事態が発生した。そのため、アクセスパス保持者は別の手段でメディアに対する情報提供を行うことを余儀なくされた。当初、撤去の理由について外務省側から通知されず、約48時間経過した5月21日午後にサミット事務局担当者からの電話で明かされることになり、その間、IMCアクセスパス保持者およびNGOスペース利用に対して、コアリション事務局から情報提供を行うことができなかった。
国際メディアセンターにおける市民社会からの情報発信については、国連会議などの類似の機会での取り組みや前例を踏まえ、自由を制限することのないような運用が求められる。8月に開催されたNGO・外務省定期協議会「全体会議」においても本課題について指摘され、外務省担当者から内部でしっかりと情報共有をし、次回の開催に向けて検討する旨が約束された。
メディアへのアクセス及びメディアからのアクセスという点については、大きな課題があったと総括できるが、今後の改善を期待したい。
(4)サミットに対する異議申し立てへの過剰な対応
C7をはじめとするエンゲージメント・グループ以外にも、首脳会合に向けて様々な活動を行なったグループが存在する。県警サミット対策課によると、首脳会合開催の前日である5月18日から19日午後3時までに7件のデモが実施された。18日にはデモの警備にあたっていた警察官を蹴ったとして、公務執行妨害の疑いで1人が現行犯逮捕された。この現行犯逮捕については、ネット上で動画が拡散され、警察官による不当逮捕である、との主張がなされている。
(5)市民生活への影響
首脳会合の開催期間中、広島市内は大規模な交通規制と警備強化がなされ、それによる市民生活への影響が見られた。首脳の車両移動に伴い、一時的に道路や横断歩道が封鎖されたり、平和記念公園や広島平和記念資料館への立ち入りが制限された。また、広島市立小学校141校、 中学校63校、高校7校、中等教育学校1校、特別支援学校1校の休校が実施され、子どもたちが教育を受ける権利や機会を一時的に奪われたことや、休校期間中に子どもの世話をするために保護者が仕事を休まざるを得なくなったことも、サミットの影響として挙げられる。また、首脳会合開催後に、広島市長から発表された広島平和記念公園とパールハーバー国立記念公園の姉妹協定締結について、広島の市民には事前に知らされず、意思決定のプロセスから市民が排除されてしまった、と言える。
サミットに対する一連の活動を踏まえ、原爆投下から78年目となる8月6日に、「みんなの市民サミット2023」とC7が共同で「市民の平和宣言2023」を発表した。G7及び世界各国のリーダーに核兵器廃絶のための決断と行動を求め、「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」は市民や被爆者が望んだものではないこと、「核のボタン」が広島平和記念公園に持ち込まれ、原爆犠牲者の慰霊と核兵器廃絶の願いを踏みにじるものであったこと、核軍縮から核廃絶へのビジョンづくりと核兵器禁止条約への署名・批准を日本政府及び核兵器保有国に求めること、そして、「核のない、 誰ひとり取り残さない、持続可能な社会」を実現するために、市民社会は政府との対話と政策協力を行うことを表明している。